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木内信胤関係文書 Web目録

1. 木内信胤関係文書 Web目録

 今回、日本学術振興会科学研究費助成・基盤(A)「日米特殊関係による東アジア地域再編の政治経済史研究」(研究代表:増田 知子教授)は、そのプロジェクトの一環として、国立国会図書館憲政資料室が所蔵する「木内信胤関係文書」の電子データ化を行った。
 具体的には、憲政資料室の協力を得て、木内文書の内、「Ⅰ 横浜正金銀行時代」、「Ⅱ 大蔵省参事官・終戦連絡部長時代」、「Ⅲ 公職追放時代」(一部除く)、そして「Ⅳ 外国為替管理委員会委員長時代」(一部除く)のマイクロフィルムを入手し、それらから文書のデジタル画像を作成してPDF化した。また、名古屋大学法情報研究センターの協力を得て、文書目録の書誌情報をもとに、HTMLファイル形式のデジタル画像閲覧用目録も作成した。
 当Webページ上で公開するのは、資料閲覧用に作成したWeb目録である。Web目録の内容は、「Ⅰ 横浜正金銀行時代」から「Ⅳ 外国為替管理委員会委員長時代」までの書誌情報に基づき作成したもので、タイトル情報に基づくBibliographyと年代順に並べ替え可能なChronological Orderの2種類で構成されている。

2. Web目録の利用方法

Bibliography
 木内文書の目録に記載されているタイトル情報をベースに作成したもので、タイトル情報を階層別に表示することができるものである。Ⅰ.~Ⅳ.の各タイトルをクリックすると下位のサブタイトル情報が表示され、さらに表示されたサブタイトルをクリックすると各文書のタイトルが表示される仕組みになっている。

Chronological Order
 木内文書の目録に記載されている書誌情報の内、タイトル情報および年月日を一覧化し、それを並べ替えて表示すことが可能になっている。「ファイル名(タイトル)」および「日付(年月日)」の横にあるボタンをクリックすると並べ替えができる。(なお、日付のデータはすべて目録データに基づくものであり、表内で空白になっている部分は目録でも空欄になっている。)

3. マイクロ資料の利用に関して

 このWeb目録で表示される資料の本文は、名古屋大学法学図書室所蔵のマイクロフィルムで閲覧することができる[http://nagoya-m-opac.nul.nagoya-u.ac.jp/webopac/WB03257158]。また、名古屋大学においてマイクロフィルムから作成した画像データ(一部)は、名古屋大学法学図書室内に保管してある。利用方法に関しては、以下のURLから同図書室のWebページにアクセスし、お問い合わせください。
 http://www.nul.nagoya-u.ac.jp/~law/

 また、今回科研にて収集しなかったものを含むすべての文書の閲覧を希望される場合には、国立国会図書館憲政資料室において閲覧可能(マイクロフィルム)である。詳細に関しては、以下のURLから憲政資料室のWebページにアクセスし、ご確認下さい。
 https://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/kiuchinobutane.php

4. 資料解説 

文責:恩田 睦(弘前大学人文学部 講師)

 木内信胤(1899年7月~1993年12月)は、外国為替管理委員会委員長として外国為替及び外国貿易法(外為法)の制定に尽力したほか、外資委員会にも関わることで外資法の制定過程にも関与した人物として知られている*1。
 木内信胤関係文書(以下、木内文書と略)は、外国為替管理委員会に関する資料コレクションとして名が知られている*2。しかし、それだけでなく戦中から戦後の横浜正金銀行、大蔵省終戦連絡部における諸活動や、1952年以降の世界経済調査会をはじめ、高度経済成長期における鉄道・道路・海運など国内のインフラ整備に関する審議会など、木内が名を連ねた組織・会合で配布・検討された資料によって構成されている。昭和戦前期から高度経済成長期にかけての経済・金融政策の展開を俯瞰することのできる資料であると言えよう。

Ⅰ 横浜正金銀行時代
 勤務資料として、木内の上海、大連、ロンドン、ベルリン支店駐在時代の報告書と書簡、調査資料として商品の相場、ロンドンの為替・金融市場に関する調査資料からなる。また、戦後処理問題として戦後日本の為替相場、戦後の旧被支配地域における通貨処理に関する論文もあり、木内の為替管理、通貨問題への関心の高さが窺えるものとなっている。横浜正金銀行は戦後に東京銀行へと引き継がれるが、その際の改組・清算関係の資料も含まれている。

Ⅱ 大蔵省参事官・終戦連絡部長時代
 GHQとの往復文書、SCAP内の経済科学局からの通達、日本政府宛の覚書きのほか、金融緊急措置令、財閥解体問題がまとまった資料として収められている。また、戦時補償問題では、「軍需補償打ち切りに関する論文集」(資料番号59)にて軍需補償を実行することがむしろ日本経済再建を早めることになるという木内の私論が主張されている。

Ⅲ 公職追放時代
 1946年9月に公職追放された木内は、不服を申し立てる一方で、日本経済復興協会の専務理事に就き、戦後日本経済あり方について積極的に議論した。賠償問題研究懇談会において木内は、軍需に転用可能な工業の生産設備を撤去し国外に移転させる、いわゆる賠償撤去方式を問題視し、生産設備を日本国内に残して所有権を外国資本に移転させるという考えを提唱した。これ以外に、木内が研究・提言を行った経済同友会、全国食糧増産同志会に関する資料がある。

Ⅳ 外国為替管理委員会委員長時代
 1947年から49年にかけての、たばこ専売事業への外資導入を前提とした民営化の議論に関する臨時専売制度の資料が収められている。木内の構想は、当時すでに日本進出の意思を表明していたBAT(British American Tobacco Plc)にたばこ専売事業を売却し、生産の合理化・効率化によってたばこ製品の輸出を図ることであった。
 外国為替管理委員会の資料は、木内文書の中核をなしている。同委員会が設置される経緯から、1949年12月の外国為替及び外国貿易法の制定に至るまでの一連の議論を把握することができる。委員会と為替問題連絡会議の議事録がほぼ揃っており、議論の推移を詳らかにできるが、為替および通貨に関する制度や法令などの技術的な用語を多く含むため、正確に理解するためには一定の知識が必要である。
 外資導入に関する規定は、1950年5月制定の外資法により定められた。外資委員会には、経済安定本部に設置された日本側のものと経済科学局を中心とする米国側のものがあった*3。日本側(主として大蔵省作成)による外資に無制限導入案と、それに対して日本の外貨不足を理由にして修正を迫るSCAP側との意見の摺り合わせの経過、およびその結果としての外資導入の許可制に関する資料が収められている。
 以上、甚だ簡単ではあるが占領期を中心に木内文を概説した。木内文書がより多くの研究者に利用されることで、戦中期から戦後日本の経済・金融政策の議論がより活発になることを願ってやまない。

 

*1 木内の経歴については、日本経済新聞社編『私の履歴書』(文化人20)1984年、pp.351-422、および「戦後史料研究会速記録集 矢野信幸氏(2003年5月6日)」(『近現代日本の政策史料収集と情報公開調査を踏まえた政策史研究の再構築』(研究代表者・伊藤隆)(科学研究費補助金(基盤研究(B)(1))研究成果報告、平成15年度-平成16年度))を参照。
*2 木内信胤関係文書を利用した研究業績として、例えば、浅井良夫「戦後為替管理の成立」(『成城大學經濟研究』第195号、2012年、pp.93-140)をあげることができるが、外国為替管理委員会に関する部分の利用にとどまっている。
*3 外国為替管理委員会と外資委員会については「戦後史料研究会速記録集 井口治夫氏(2003年7月15日)」前掲『近現代日本の政策史料収集と情報公開調査を踏まえた政策史研究の再構築』も参照されたい。

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